8. 花と団子と蝸牛(凛子視点)


森を抜けると荒れた風景がひろがっていた。青草がまばらに生えていて、

ところどころ咲いている白い花は日本でみたカタクリと似ているようでやはり違っていた。

雲ひとつない青空が広がっている。

ここが日本のどこかだと言われてもやはり違和感は感じなかっただろう。

太陽は既に傾きかかっている。

「花が珍しいのか。」

肩の後ろから声がして、凛子は視線を花から男に移した。

男の表情は飄々としていて、先程の殺戮の影は見えない。

心臓を一突きで殺した鮮やかな手並みを思い出す。

凛子はこの男が切りかかってきた場合、正直よけられる自信がないなと思う。

人を殺すことに慣れている。

あれほどの腕を持っていて、なぜあのテントに転がる破目になっていたのか。

ザッハの顔にところどころついている擦り傷は乾いてはいたが、

右手にまかれた布は茶色く血が滲んでいた。

こうやって人と話すと孤独感は薄められる。

「君の力になろう。」

とザッハは言った。

凛子を害そうとする意思さえないのなら、

一緒に連れて行ってもらえるのはありがたかった。

「花より団子っていう諺があるんです。」

凛子は日本の諺ですけどね。と小さな声でつけたす。

ザッハはあっけにとられたようにしばらく凛子をみていたが、

こらえきれないように声をだして笑った。

「お、お腹がすいてるんだな。」

「ええ。さっきからあの花はどんな味がするんだろうと、考えてました。」

凛子は憮然とした顔を隠さずに、笑うザッハを見やる。

「さっき森でつかまえたんだけど、これ食べられるかな。」

思い出して凛子がポケットからかたつむりを取り出すと

ザッハは目をみはった後、目じりに涙を浮かべるまで笑いころげた

「も、森でなにしてたんだ、君は。確かにそれは食べられるよ。

でも生では無理だよ。くっ、ははは。」

笑い転げるザッハに凛子は、ふいになつかしい気持ちになる。

よくそうやって勇冶も私の行動を突拍子がないといって笑う。

平然と人を殺せるこの男だが、笑うと暖かな雰囲気になる。

しかし、笑いすぎだろうと思う。

私がどれだけお腹がすいているか知らないからそんなに笑うのだ。

確かに人が死んでるのを横目に食料探しをしたのは、

自分でも呑気だと思う。

だが、しかし、生き残るために最善をつくしたということではないか。

「食べ物がなかったら死ぬしかない。なんで笑うのかわからない。」

凛子が気分を害したのを見て、やっとザッハが笑いをとめた。

「すまない。確かにそうだね。食べないと死ぬからね。食料を集めようとする姿勢は

たいしたものだ、蝸牛をポケットに……」

また笑いだしたザッハに凛子はつきあいきれない、と視線を白い花に戻した。

それにしても本当にお腹がすいた。恨めしい気持ちで布で刃を包んだ剣に目をやる。

本当にこの剣が原因でここにいるんだろうか。剣の柄は美しい細工で、成程高価そうではあった。

あの黒い猫が魔物で、それがこの剣になったとは尋常ではない。

しかし、自分が人殺しと一緒に馬に乗っているという事実は既に尋常でなかった。

ザッハはようやく笑いをおさめると微笑んだ。

「悪い。馬鹿にしたつもりはないんだ。

笑わせてもらったおわびにおごるよ。

おいしいところがあるからね。ついでに宿をとろう。」

道の傍に家が見えた。

むこうのほうでは建物が密集しているのが見える。

それは明らかに石造りで、それはここが日本ではないということを示していた。

わかってはいたが、つきつけられた事実に凛子は息をのんだ。

あれが街だろう。

空はすでに夕焼けに染まっていた。

凛子が今まで見てきたどんな夕焼けよりも美しい色をしていた。

どこかの絵葉書でみたような

紫とオレンジのコントラストが異国の街を包んでいた。

馬の上からみた景色のその美しさに、

自分は違う世界にいるのだということを実感させられた。

凛子が衝撃をうけているのに気づいてザッハは気遣わしげに

凛子をみたが、そのまま何もいわなかった。

むきだしの土だった道が石畳に変化する。

道沿いは商店が立ちならんでいるようだった。

卵や肉を売ってる店、魚を売ってる店、果物を売ってる店。

露店ではそのまま食べれそうななんかの肉をやいたものをパンではさんだようなものも売っている。

他に服を売ってる店や刃物を売ってる店や雑貨を売ってる店もあった。

「さ、ついた。」

ザッハは道沿いにある大きな宿屋らしき建物の前で馬からおりると、凛子にも

おりるように促した。

凛子が苦労しながらもなんとかおりると、

ザッハはそのまま馬を建物の横にある細長い建物の前にいる初老の男に預けた。

「やあ、ザルド、馬の世話を頼むよ、飼い葉と水をやってくれ。」

その初老の男はザッハの知り合いらしく、親しみをこめた笑顔で馬を預かると

そのまま馬をつれて細長い建物の中に入っていった。

「リンコこっちだよ。おいで。」

慣れた様子で大きな木製のドアに手をやると凛子を呼んだ。

ザッハに促されて、そのまま宿屋に入ると中は思ったより、明るかった。

「エリドゥの旦那。えらいかわいらしいお供をつれておられますな。」

人のよさそうなでっぷり太った宿屋の主人らしい男がザッハを見て破顔する。

こういう場合ザッハに売られて売春宿とかもありうる展開だなと

思っていた凛子は少し自分を恥じた。


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