7. 殺人と盗みと今後の生活(凛子視点)


凛子は気持ちが幾分落ち着いたのを感じた。

人がそばにいるというのは、無条件でありがたいことだった。

人殺しやら魔物やらが横行しているような世界だというならなおさら、一人で動くのは危険だ。

全てを信じることは難しいけれど、少し寂しそうで、それでいて暖かな目を信じてもいいような気がした。

そして、あらためてゆっくり対峙すると、ザッハはとてもちゃんとした人間に見えた。

 

川辺には穏やかな風が吹いていた。

木々の葉の間から漏れる光がちらちらと泉に反射する。

のどかだった。

心臓を一突きされた死体がすぐそばに転がっているのでなければ、

日本のどっかの森にいるのだと信じることも不可能ではない。

けれど、凛子の目の前にいるザッハと名乗る青年は

どうみても現代の日本の人間には見えなかった。

しかも、彼は凛子は楔(くさび)で、剣は魔物が姿を変えたものだ、と断言した。

 

もしかしたら、この世界ではこんな風に人がとばされてくることが当たり前のことなのだろうか。

「まず、リンコのいるここの名前はガヴァサイル。聞いたことはあるかい?っと、その前にこの物騒な森から抜けようか。」

ザッハは死体があることを気にとめている様子もなく木につながれている馬に歩み寄ると、

そのうちの一番肉付きのよい焦げ茶色の一頭を残して、綱を切った。

「リンコは馬には乗れるかい。」

リンコが首をふると、ザッハはちょっと思案してから踵を返して、テントの1つに向かっていった。

「売ったら結構な値がつくだろうけどね。」

「まあ、どうせ盗んだ馬だろうから、ややこしいことにならないとも限らないしね。」

しばらくして、ザッハが手に10センチ程の布の巾着を2つもってテントの入り口から出てきた。

そのまま、その巾着のその片方を凛子にぽんと手渡す。

「はい、山分け。」

この形状はもしや。凛子は巾着の口を広げた。

――やっぱり。

中には、多少汚れてはいるが、いびつな形の金貨や銀貨がはいっていた。

盗人を殺して、強奪。

凛子はため息をついた。立派な犯罪者だ。そういう意味ではこの服もかばんの中のパンも盗みには違いない。

そして、このお金の本来の持ち主はおそらく殺されているのだろう。気色のいいものではなかった。が、しかし、である。

――衣食住、すべて、ただでは購えない。財布の中のお金は絶対こっちでつかえない。

本物の銀だったらまだしも、百円玉も五百円玉もあれって確か、銀じゃないし。

紙幣にいたってはただの紙くずだ。

多少の葛藤の後、凛子は巾着を鞄の中にほうりこんだ。

それにしても、ザッハの手際のよさは、いっそ、薄ら寒いくらいだった。

人を殺すのも、盗むのも、手馴れたものだ。

いったい、ザッハは何者なのか。

ザッハはちゃんとした人間に見える。

あの、盗賊のように、剣呑な空気をまとってはいない。

しかし、人を殺すことに慣れたちゃんとした人間なんているのだろうか。

「リンコ、とりあえず、森を出よう。私の前に乗ってくれないか。」

これまた、手馴れた様子で鐙に足をかけて馬にまたがったザッハが手綱をひいた。

焦げ茶色の馬はおとなしく凛子の方に2、3歩近づいて止まった。

さらさらと小川の流れる音がする。

無造作に置かれた剣に凛子はふと目を留めた。

木漏れ日が時折きらりと刃の上で反射する。

凛子ははっとして、剣に歩み寄った。

水につかった柄を握って水から引き上げると、水滴を落とすために何度か振る。

ザッハのことを信頼していないというのならば、決して剣を手放すべきじゃなかった。

もし、今ザッハに襲われていたら確実に殺されていただろう。

そうでなくても、もし盗賊の仲間が残っていたら、どうするつもりだったのか。

知らない間にザッハに頼っていた、ということだろうか。

確かにザッハには人を信頼させるような気品があった。

人を殺し、物を盗っているにもかかわらずだ。

人を信頼するのは、命を預けるのと変わらないというのに。

凛子は剣の刃の部分を布で包んで腰の部分にくくりつけた。

『剣は魔物が姿を変えたもの。魔物そのものだ。』

ザッハが言ったことが事実ならこの剣は魔物ということになる。

凛子は柄にはめこまれた赤い石にあの黒い猫の瞳を重ねた。

――あの死にかけていた猫が魔物だというのだろうか。

そして、凛子をこの世界につれてきたというのだろうか。

つれてこれるのなら、帰すこともできるのではないだろうか。

凛子はしばし、その剣の柄をつかんで赤い石に祈ってみる。

――日本に帰りたい。

剣の赤い石が一瞬光った、ように見えた。

凛子は息をのんだ。

だが、それきり何も起こらなかった。

しばらく待ったが、凛子はあきらめて、馬の上で待つザッハを見上げた。

ザッハはじっと凛子の行動を見ていたようだったが、

凛子の用意が整ったと判断したのだろう。

凛子の手をひいて馬の上に引っ張りあげた。

「とりあえず、街に向かおうか。それから

ちょっと遠いけど、私の家にくるといい。」


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