44. 殺される覚悟とRPGと後の祭り(凛子視点)
深い赤の絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。
「城の中は入り組んでいていろいろな仕掛けもあって危険だから、
決められた道順で自分の部屋に向かうように。」
とザッハから言い含められている。
見慣れたくすんだ卵色のドアを見て、凛子はほっと息を吐いた。
倒れこむようにドアを開けると、
背負っていた茶色の学生鞄を木製の棚の上に放り投げて、柔らかなベッドに体を沈める。
凛子は横向きに転がって剣を手にとって見つめた。
刃にろうそくの柔らかなオレンジの炎がゆらゆらと映っている。
鱗の一個一個まで精巧に象られた銀色の2匹の蛇が絡みつく柄。
柄の真ん中には眩い輝きを放つ赤い石が嵌め込まれている。
「リュクセイル。森で人を殺していたのか。それは、私を帰すためなのか。」
そっと横たわる剣に聞いてみる。
しばらく待ってみたけれど、全く反応がない。
「帰れない、のは困るな。」
人を殺してもいいから帰りたい、とはとてもじゃないけれど、思えない。
凛子はため息をついて、仰向けに寝転がった。
ふと、以前リュクセイルと交わした会話を思い出す。
リュクセイルは人の命は効率のいい餌だ、といっていた。
効率のいい餌。
ちょっと、まて。
「その言い方なら効率の悪い他の餌もある、ってことじゃないのか。」
凛子はあわてて剣を掴みよせて強い口調で問い詰める。
剣の刃がろうそくの温かな光を反射して揺らめいた。
返事はない。
――お手上げだ。
ザッハを庇ったことをまだ怒っているのだろうか。
なんとなく、人を殺さなくても帰れる道があるような気がする。
リュクセイルに聞いてみなくてはわからないけど。
微かな希望を見出した気持ちで、凛子は目を瞑る。
リュクセイルが森で殺したというたくさんの暗殺者。
もし、リュクセイルが殺さなければ、
城に侵入した暗殺者に、ザッハや領主や護衛の人達、そして自分も。
――殺されていたかもしれない。
そのことに気づいて、凛子は目を見開いて顔を歪めた。
この世界は、殺すことも殺されることもあまりにも身近すぎる。
リュクセイルが殺したのが暗殺者だけならいいのに、と思った。
殺すつもりなら、殺されることは覚悟すべきこと、
と納得することもできる、から。
複雑な草花の文様が薄い色で描かれた天井を眺めていると徐々に瞼が重くなり意識が遠ざかっていく。
――今日はもうくたくただ。
すぐ負けを宣言するつもりだけど、明日は最後の試合が残っている。
体は疲れ果てて棒のようだ。
眠い。
「寝よう。」
――とりあえず寝て休息をとろう。話はそれからだ。
凛子はそのまますとんと意識を手離した。
再び凛子が意識を取り戻した時、まだ窓の外は暗かった。
――まだ夜中か。でも、体はすっきりしてる。やっぱり睡眠って大切だな。
屋上で風にでもあたろう、と凛子は廊下に出た。
何度目かの角を曲がって、
見たこともない階段の踊り場まできたところで凛子は立ち止まった。
見覚えがない。
どうやら、迷ったらしい。
――大声で助けを呼べば誰か来てくれるかな。
でも、夜中に大声出して寝てる人を起こしたら迷惑だろうし。
凛子は意を決して歩き出した。
――FFやドラクエならやったことがある。
日本の女子高校生を舐めてはいけない。
だいたい迷路というのは、
壁に右手をついてそのままずっと辿っていけば、出口にいきつくということになっている、はずだ。
右手を壁にくっつけると凛子はそのままをゆっくりと歩きだした。
しばらく見知らぬ廊下をいくつか辿った後、
凛子の視線は遥か先に見覚えのある非常に高価そうな大きな壷を捕らえた。
「あの壷は見たことがある。」
凛子は内心でガッツポーズを決める。
FFの戦いで勝利をおさめた時に流れるファンファーレが凛子の脳裏で流れた。
ずっと壁に手をついてたせいで、手のひらが埃で黒くなっている。
後で、手を洗おう。
凛子が壁に手を置いて体重をかけて方向転換をしようとした瞬間。
壁がひっくり返った。
「城の中は入り組んでいていろいろな仕掛けもあって危険」。
ザッハの忠告をもっと真剣に聞くべきだった。
夜中だろうがかまわず迷子になった時、大声で助けを呼ぶべきだった。
もう、遅い。
――こういう事態に相応しい諺があったような気がする。
なんだっけ。
「後悔先にたたず」。「後の祭り」。
諺が思い浮かんだ瞬間、凛子は壁の後ろの真っ暗な通路に閉じ込められた。
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