26. 富と権力と四次元ポケット(リュクセイル視点)


――夜が近い。

リュクセイルは闇と親和性が強い。リュクセイルの組成は闇に起因しているからだ。

身の内に密やかな贄を求める囁きを聞く。

金色の髪が頬にまとわりつくのを首を振って軽く払うとリュクセイルはベッドの端からするりと降りた。

床に敷かれた薄卵色の絨毯の上に立つ。部屋の趣味は悪くない。

――だが、あのザッハという男

リュクセイルは先ほどの光景を思い出す。リュクセイルの柘榴の色の目が物騒な光を放った。

――殺してしまおうか

不機嫌さに一層拍車がかかる。

「ここ出るってどういうこと。」

凛子が椅子に張り付いたように座っている。警戒のこもった視線で尋ねられる。

その姿をリュクセイルは少しやるせなく見つめた。

「心配することはない。」

リュクセイルは優しく凛子に囁く。

リュクセイルは手のひらを上に向けて閉じるとゆっくりと開いた。手の上に金色の貨幣が幾つか現れる。

「どらえもん。」

凛子が茫然と呟いた言葉にリュクセイルは首を傾げる。

「そうすると、私が、のびた、か。」

さらに凛子が呟いた言葉の意味もわからなくてリュクセイルは肩をすくめる。

そして思い出す。いつかもこうだった。

楔は現世の富や権力に執着しないものが多かった。

形あるものを差し出しても、その心が得られない。楔の心を捉えるのは難しい。

楔の心を得るために、リュクセイルは全てを差し出す。

持てる力、持てる知識、持てる愛。

仕方ない。

執着したほうが負けるのだ。

「巨万の富も世界を統べる権力も全てお前の意のままに。リンコ、お前は何を望む。」

黒いドレスをさらりと揺らして禍々しい光が浮かぶ赤い瞳で凛子を見る。

「どうして、それができて日本に私を帰せないんだ。」

椅子に座ったまま呆れたように凛子がリュクセイルを見た。

「お前の世界にお前を帰すのには莫大な力が必要だ。今の私の力では無理だ。」

リュクセイルは、凛子もまた富にも権力にもあまり関心がない楔なのだということを確信する。

――やはり、な。

「いますぐ帰れる方法もあるにはある。人を数万人も殺せば、私の力も大分戻る。

それならもといた世界に今すぐ帰してやれるが。」

再び椅子の後ろに張り付いて、凛子が真っ青な顔で呟いた。

「いえ、すいません。半年間ここにいさせてください。」

帰すためには、それでも人の命が必要だ。凛子が殺すことを嫌がっているのは感じていた。

帰りたいと凛子はいう。

しかたない。リュクセイルはあっさりと決断する。凛子には黙って狩をするしかないだろう。

「でも、ザッハを傍で守ってやりたいんだ。模擬試合に出ようと思う。」

その言葉にリュクセイルは苛立ちを募らせる。形のいい赤い唇をきりりと噛み締める。

「なぜお前があの男のことを心配する必要がある。」

透明な赤い瞳を光らせて、凛子を見つめる。

「わかった。さっきお前が私をとめたが、お前に対して無礼な態度をとった女と、一緒に居た男、あれを殺せばいいんだな。」

リュクセイルは頷いた。そんなことは簡単だ。そうとなれば話が早い、早いところ狩ってこよう。

凛子が顔色を変えた。その目に力が篭もる。

「やめて。」

リュクセイルは首を傾げる。なぜ、凛子はとめるのだろう。ゼドと一緒なのかもしれない。

ゼドもむやみに人を殺すことを嫌がった。剣士のくせに。

「どうしてとめる。あの男を守りたいのだろう。あの2人を殺せば万事解決だ。」

――あとはお前と私でゆっくり半年を過ごせばいい。

   半年後にお前を帰せば、向こうの世界で私は――しかないのだから。

「お前も人を殺すなというのか。私にとって人の命は効率のいい餌だ。餌をとるなと私に言うのか。」

リュクセイルの言葉に凛子は目を見開いて、それから戸惑うような色を瞳に浮かべる。

黒い瞳に苦悩が揺らめくのを、リュクセイルは息もできずに見つめる。

ああ、本当に美しい。リンコお前が望むというのなら、私は何を厭うだろう。

リュクセイルは再びうっとりと凛子の瞳を見つめた。

この瞬間になら殺されてもいい。でも、できることなら凛子の腕の中で抱かれて消えたい。

もっと深く繋ぎとめて、もっと深く混ざり合って。それから消えたい。

この貪欲に相手を求める感情。狂おしい熱情。それは幸福に似ている。

「わかった。餌なら、とってもいい。でも、できるだけ殺さない方向でお願いします。」

凛子が重い溜息とともに言葉を吐き出した。

「あと、私はザッハの傍にいたいんだ。」

リュクセイルは憮然とする。

「なぜ。あの男に恋をしたのか。」

「いや、違う。ザッハは私を助けたいといってくれたから。」

凛子が一瞬赤くなったのを見るとリュクセイルは激しい嫉妬で胸が痛んだ。

――あの男、やはり殺す。

リュクセイルは凛子を見つめた。凛子の瞳には穢れがない。

「私はお前に愛されたい。」

お前にわかるだろうか。リュクセイルは凛子を見つめる。凛子は困った顔をして俯いている。

「できたら接吻してほしくない。他の者とは。」

リュクセイルが不条理を承知で凛子に頼む。

凛子がリュクセイルに掠れた声で少し辛そうに答える。

「私は誰とも接吻なんてしたくない。」

自分ともしたくないという意思表示にリュクセイルは苦笑いをした。

「なぜ。」

リュクセイルから凛子が視線を逸らす。

「好きじゃないから。どっちも。」

リュクセイルは凛子の幼さに微笑む。

「だが、お前はそのうち恋を覚える。私はきっとその相手を許せない。きっととても苦しむ。

お前は何も知らぬ上に隙がありすぎる。

こんな思いをするなら、身体だけでも私のものにしてしまおうか。」

「なっ。」

急に男の姿に変わったリュクセイルを見て、とっさに凛子が椅子から立って身を翻した。

リュクセイルは逃げる凛子をこともなげに抱きとめる。凛子の黒い髪が一瞬ふわりと浮いた。

リュクセイルは凛子の腕をつかんでベッドのほうへ押しやる。いとも簡単に片手で凛子の両手首をつかんで固定すると、

凛子に覆いかぶさった。リュクセイルはふざけたように呟く。

「私にまかせておけば大丈夫だ。心配するな。」

逃れられないか幾度か試したあと、凛子は絶望したような顔をする。そして目じりに涙を浮かべた。

リュクセイルはそこで動きを止めた。泣かれるのは嫌だった。整った顔を僅かに顰めて凛子に囁く。

「泣くな。」

リュクセイルの言葉に凛子がリュクセイル

を睨みつけた。

「泣かないわけがあるか。もう嫌だ。キスはされるわ、さらにキスされるわ、あげくのはてにここで処女喪失か。

 お前のことなんて金輪際好きになどならない。なるわけあるか。この強姦魔。」

どうやら涙は悔し涙らしかった。リュクセイルはくつくつと笑った。金色の髪が額にかかって影になる。

白磁のような肌には何の感情も表れてはいない。ただ、その柘榴の瞳を細めて凛子を見つめる。

「これは嫉妬だ。私は嫉妬深い。それが嫌なら、誰かから接吻されることのないように、気をつけるんだな。」

リュクセイルは凛子にそういうと、手を離した。凛子が恨めしげな顔でリュクセイルを見る。

リュクセイルはその瞳に陶然とする。ああ、なんて綺麗な瞳だろう。

「助けてやろうよ。お前が望むなら。」

リュクセイルは胸の痛みすら甘美と感じる狂気にも似た想いを込めて凛子に囁く。

「その模擬試合とやらにでるがいい。私はお前を守る。お前の望みをかなえる。

できることなら私に愛を。私の楔。」


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