23. 女狐と黒狸と模擬試合 (凛子視点)
「おかしいですね。あのとき私は叔父上の屋敷に向かっているところだったのですよ。
叔父上からの使いという女が来ましてね。」
ザッハの口調は穏やかだが、とても冷たかった。
広間のようなところで、椅子に座ったザッハと対峙している人影は2つ。
同じく椅子に座った脂ぎった白い髪の初老の男とその男に寄り添うように椅子の後ろに立つ妙齢の美女。
「私はそんな使いをやった覚えはありませんな。」
叔父上と呼ばれた男が膝の上で手を組んで、不思議そうに問う。
――しらじらしいやり取りだな
壁際で所在無げに壁にもたれて、凛子はそのやりとりを眺めていた。
「その女の先導でいった西の森で盗賊にあったのです。
女を人質にとられまして、盗賊につかまって殺されるところだったというわけですが。
たまたま私を見つけたにしては身代金の要求など手際が良すぎませんかね。」
―― 一緒にいた女をなぶり殺しにした。
という盗賊達が話していた言葉を思い出した。
その女の人は殺されて、もういない。
口封じ。
人の命の軽さ、に凛子はぞっとする。
「どうなんでしょうな。私にはわかりかねますな。
それは、私が情報を流したとでもおっしゃっているのですかな。」
さも心外だという男の口元には微笑みが浮かんでいた。
きっと証拠を残さないように周到に用意してあるのだろう。
おそらくあの盗賊達も黒幕がいることは知らなかったに違いない。
凛子にもだいたいの要領がつかめた。
このギムザという叔父がザッハを嵌めて殺そうとしたのだ。
領主は死にかけている、息子であるザッハが死ねば、腹黒い狸面の叔父に領主の座がいくというような話だろう。
「いいえ、そのようなことは。」
ザッハが微笑んで否定するのが聞こえた。身内が命を狙う。
ザッハの性格が暗いのは複雑な家庭環境のせいかもな、と凛子はザッハに同情した。
「しかし、よくぞご無事で戻ってこられましたな。悪名高い西の森の盗賊に捕まって。」
ギムザの声が少し意外だという響きを帯びていた。
「いろいろとありましてね。」
ザッハはちらりと凛子に目線をやってから、口を濁した。
「そういえば、ザッハ様、あちらの方はどなた。」
妙齢の女の目が凛子に向けられた。
ひどく悪意に満ちた微笑だった。
その悪意に反応したかのように、剣が微かに動いた。
凛子は剣の柄を押さえた。
「ねえ、あなた、どうしてここにいらっしゃるの。」
女が急に自分のほうに近寄ってきて凛子は戸惑った。
女は肉感的で、でも爛れた雰囲気を持っていた。
整えられた黒い巻き毛からきつい香水の臭いがした。
「護衛としてザッハ…様に雇っていただきました。」
凛子がザッハに様をつけるのはちょっと違和感があるな、と思いながら答える。
それを聞いた女はその細い眉を軽くつりあげて、ふわりとザッハとギムザを振り返った。
「いけませんわ。ザッハ様。」
女がひどく優しげな声でザッハに語りかける。
その微笑は美しく、その声は鈴のよう、そしてその碧の瞳はとても柔らかい。
だが、口元は残酷な笑みを浮かべていた。
凛子はそっとザッハを見る。
表面的な笑顔とはうらはらにザッハの目はとても冷たかった。
女は棘をかくすように、ゆったりと、優しく話す。
「身元も知れぬものを身近に置くなど。」
女はギムザに同意を求めるように目線を送る。
「さよう。お付の護衛とされるなら、通常の手順を踏まねばなりませんな。」
ギムザがその言葉にわが意をえたりとばかりにうなずく。
汚らわしいものをみるような目で凛子を一瞬見る。
「模擬試合に出ていただいて実力をお示しになってから、任命されるなら納得できますけれど。」
模擬試合という言葉がでると、ザッハの顔からはりつけた笑顔が消えた。
「レオノーラ殿。ご好意はありがたいですが、私が人を雇うのに、条件など必要ありません。」
ザッハは立ち上がるとつかつかと凛子のそばまできて、凛子をかばうように後ろにやった。
――そうだ。そんな話は聞き初めだ。だいたい模擬試合ってなんだ。
凛子もザッハの背後でうなずく。
「ザッハ様は次期領主。ギムザ様が護衛を差し向けると何度もおっしゃっていますのに。」
凛子をザッハが守ろうとしていると判断したのだろう。
舌なめずりする猫のように女の目が細められた。
「そうだな、護衛が必要だというなら模擬試合の出場者の中から私が推薦させていただこう。」
――無条件で凛子を側に置くのを認めるかわりに、自分の息のかかった護衛を置けということだろうか。
――冗談じゃない。差し向けられてくるのは護衛じゃなくて刺客だろう。
凛子ですらわかるほどに物騒な話だった。
「ねえ、あなた、まだ子供じゃない。模擬試合に出場するなんて、考えたこともないでしょう。
悪いことはいわないから、お家にお帰りなさい。ザッハ様の護衛にはしかるべき人をこちらで差し向けますわ。」
凛子の肩に嘲るように微笑んだ女の手がかけられる。
――護衛として雇われた、なんて不用意に発言するんじゃなかった。
凛子は後悔した。
口は禍のもと。
自分のせいでザッハが刺客を差し向けられるのだろうか。
凛子はちらりと自分の腰の剣に目をやる。模擬というからには、そんなに物騒な話にはならないはずだ。
凛子はすっと肩をそらして、レオノーラとザッハが呼んだ女の手をはずす。
その悪意の込められた碧の瞳を見据えた。女が一瞬ひるんだように、後ろに下がった。
凛子は薄く笑う。
――たぶん、大丈夫。
「わかりました。」
ザッハが気色ばんでとめる声が聞こえた。
「だめだ。リンコ。」
「その、模擬試合に出ればいいんですね。」
ザッハの顔色が青くなる。振り返ったザッハにきつく肩をつかまれた。
「リンコ、君がそんなものに出場する必要はない。」
ザッハが純粋に凛子を心配してくれているのがわかる。
だから、ひくことはできない。
「ほう。すごい自信だな。良い覚悟だ。ではこちらで手続きはすませておくとしよう。
今年の模擬試合の楽しみがひとつ増えた。」
「本当に、その子供を気に入っておられますのね、妬けますわ。」
くすりと笑ったレオノーラの碧の瞳が凛子に向けられた。
悪意と嘲り。そしてちらりと憐れみを浮かべてから凛子に背を向けた。
――で、模擬試合っていったいなに。
広間には、椅子に座って青い顔をしたザッハと首をひねる凛子が残された。
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