2. 雨と黒猫と竹林(凛子視点)
――もう7月だというのに、どうしてこんなに雨ばっかり続くんだろう。あれかね、テレビとかでよくいってる異常気象というやつか。
甘味屋で彩加とかき氷をたべた帰り道。
はねた水が靴にはいるのを不快に思いながら凛子は家までの道のりを一人で歩いていた。
まだ5時だというのに雨のせいで視界が暗い。
――しかし、告白というものを噂には聞いていたが、自分がされるのは初めてだ。
森君はいい奴だけど、森君とつきあったら、接吻したり、抱きあったりすることになるのだろう。
おそらく。いや、それはちょっとなあ。そういえば勇冶、相談にのってくれるっていってたけど、なんか、今日おかしかったような気がするし。
勇治の赤くなった顔を思い出し、首をかしげたあと、ふと道路沿いの竹林に目をやって凛子は足をとめた。
道路から程遠くない竹の根元にみなれない黒い影が転がっている。
――黒いかたまり。
―― いや、猫だ
傘が邪魔になるので急いで折りたたむと、鞄の後ろにつっこんで、凛子は濡れる事は気にせずに、雨で濡れた竹林に踏みこんだ。
何本か竹をかきわけて進むと凛子はしゃがみこんだ。
――黒い猫。すごくやせてる。
黒い猫はぴくりとも動かない。
――もう、死んでるのかな。
――死んでるんなら仕方がない。猫は何度も看取ってる。せめて土に埋めてやろう。
凛子は無造作に黒猫に手を添えた。
――温かい。まだ、生きてる。っていうか、なんであんまり濡れてないんだろう。
凛子はそっと黒猫を抱き上げた。かがんで、セーラー服の胸元でぬれた身体をふいてやる。猫は動かない。
――だめかもしれない。でも家につれてかえって、あったかいとこで、せめて。
凛子はつい2ヶ月ほど前に死んだ飼い猫に死にかけた黒猫を重ねていた。
――黒い猫だった。サスケはもっとかわいい顔してたけど。病気でまだ5歳なのに、やせほそって死んじゃったな。
猫を抱きかかえたまま、積った竹の葉を踏みしめて凛子は道路に出ると傘を差した。黒猫は小さく身じろぎをした。瞼がぴくぴくと動く。
――あっ、目があく。
凛子は黒猫の目を覗き込んだ。
――この猫、目の色が赤……い。
凛子が黒猫の目に驚いた瞬間、黒猫、いや、黒猫の姿に似た『何者か』も凛子の瞳を見ていた。
――キレイだ……、とても、色が。
それは凛子の頭の中に響いた。まるで声のように。弱弱しい声だった。けれど優しい。
「今の、何。」
――強い光、お前の瞳の色キレイだ。
凛子は黒猫から目がはなせなかった。凛子も綺麗だと思ったのだった。その黒い猫の瞳の赤い色を。
その柘榴の実のような透き通った赤い二つの瞳を。
――お前に私の祝福を。
凛子は悪い予感がした。その声は優しかったけれど、何かすがりつくようなそんな響きをしていた。
景色が色を失った。道路が、竹林が色をかえてぐにゃりとまがったような気がした。
雨音だけが激しく響く。凛子を強烈な頭痛が襲った。意識を失う寸前に彩加と勇冶のことを思った。
「凛子の目ってきれい」
彩加の声が頭の中で響く。
「今夜相談にのってやるよ」
勇冶の笑顔。
凛子の意識が反転した。
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