16.白いシーツと黒い布と赤い瞳(凛子視点)


凛子が目を覚ました時太陽は既に高くあがっていた。

部屋に差し込む光が目にしみる。

開けられた窓から暖かい風が入ってきていた。

青い空が見える。

――今日もいい天気だな。

日の光がシーツの白さを際立たせる。

凛子が横を向くと

白いシーツの上に無造作に置かれた剣があった。

――そうですか。夢ではないというわけか。

凛子は寝転がったまま、両手を上にのばして伸びをした。

ゆっくり寝たからか、とても落ち着いた気分だった。

――学校に登校できない。

出席数不足で留年か。

中学、高校とずっと無遅刻無欠席だったのに。

何日休んだ頃に日本に帰れるのだろうか。

やれやれだ。

ぼんやりと考えながら

剥き身の刃に朝の光が反射するのを凛子は見つめた。

――なんで、剥き出しになってるんだろう。

危ないな。

寝相がわるかったら、怪我してるところだ。

次の瞬間

部屋の空気が瞬きをするように何度か震えた。

――なに

刀の柄がくるくると黒い布に覆われていくのに気づいて

凛子の目が見開かれる。

――どこから布が

剣の姿はみるまに黒い布に包まれて見えなくなる。

そのまま黒い布は空中にふわりとうかんでゆっくりと広がった。

そして力を失ったようにくたりと崩れるとそのままベットの上にふぁさりと落ちた。

黒い布は不自然に真ん中が膨らんでいた。

布の中で微かに何かが身じろぐ。

凛子は身体を起こすと、そのままベッドの上を壁際まで後ずさった。

黒い布の端がそっとめくれて白く優美な手がゆっくりと伸ばされた。

――人

長くて細い指。

手は何かを求めるような形のままでシーツの上を滑る。

その動きの艶かしさに凛子はぞくりとした。

続いてもう片方の腕もゆっくりと黒い布からでてくる。

むきだしの腕は病的なまでに白い。

手首の蛇の姿をした腕輪が太陽の光を受けてきらりと光る。

そのまま黒い布をはらりと後ろに落とすと

艶やかな金色の髪が肩先からシーツの上に零れた。

黒い布はそのまま黒い服になってその人の姿をしたイキモノを纏っていた。

そのイキモノがベットにうつぶせで横たわったまま両手をシーツについてゆっくりと起き上がる。

緩慢な動作。

うつむいていた顔がゆっくりと上に持ち上げられた。

そのまま揺るぐことなく凛子のほうを向く。

怖いくらい整った顔立ちの

――少女

背中の途中まで流れる金の糸を散らしたような巻き髪。

僅かに開いた形のいい小さな口元。

美しい曲線を描く鼻梁。

血の気のない白く滑らかな頬。

その中で瞳だけが生気をもっていた。

強い輝きを放つ眼差しはひたすら凛子に向けられていた。

――赤い瞳

竹林で凛子が手のひらに掬い上げた黒い猫の瞳。

死体の傍の血に塗れた剣に埋め込まれた石。

柘榴のように赤いその双眸。

少女は凛子を長い間じっと見つめていた。

それから、ゆっくりと花が開くように微笑んだ。

「や……っと、会えたな。」

掠れた声を絞り出すようにして囁く。

低く甘い声。

その陶酔した眼差しは僅かに狂気を含んでいた。

――なんていう目をするんだろう。

少女は両手をシーツについて、ひざをついて起き上がった。

はぁ

微かな溜息をついて、僅かに美しい顔を歪める。

黒いドレスの裾を足に絡めて

緩慢に、しかし躊躇なく少女は両手を凛子に向かって伸ばす。

壁ぎりぎりまでさがっている凛子の身体には

届かないぎりぎりの距離。

だが、次の瞬間

ものすごい力で引きずられて凛子は少女の腕の中に強く拘束された。

一瞬の出来事。

凛子は抵抗することができなかった。すがりつくように抱かれる。

溺れるものが木切れを掴むような激しさに、凛子は胸が苦しくなった。

「私の楔……。」

うっとりとつぶやく声はどこまでも甘かった。

――つかまった。

凛子の本能が危険だと警鐘を鳴らす。

一方で、直感がもう既に手遅れだとつげていた。

 


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