14.百年の孤独と力尽く日と幸せの記憶(リュクセイル視点)


森の中をさまよう人影は少女の姿をしていた。

足元は裸足、両腕はむき出しのまま。

夜更けの森の中に少女はひどく不似合いだった。

少女の足どりは重く、顔色は紙のように白かった。

――ゼド

何十年経ったところで、お前への思慕が消えないのは、次の楔が見つからないせいなのか。

お前が特別だったからなのか。

木々を抜けたところに、池があることに気づいて、リュクセイルはゆっくりと歩みを止める。

咽喉が渇いていた。

枯葉が重なるひんやりとした地面に膝をついて水を手で掬う。

――生き物の命を口にしなくなってから、どれぐらいたったか。

思い出せないな、と思う。

――もうすぐ百年か。

何も命を口にしなければ、いくら強大な力もそのうち尽きる。

命を求めて凶暴にざわめく己の本能に逆らい続けて、もう幾十年たっていた。

まだ力尽きぬとは我ながらたいしたものだ。

命は喰らわずにいられても、楔を求める本能は止めようがない。

それほどまでに魔物は楔を欲する。

煌くような光。

その光の中にいる幸福感。

狂おしい熱情。

――ゼド

咽喉を潤した後

ふらり、と立ち上がる。

森の中をまたあてどなく彷徨い、目に付いたごつごつした木の幹に寄りかかった。

ぼんやりと木々の間から覗く月を見上げる。

その時後ろでがさがさと音がした。

人の気配か、とリュクセイルは大して気にもせずに月を見つめる。

そのままこちらに近づいてくる気配がして、やっとリュクセイルはそちらを見た。

人の男が3人、こちらのほうに近づいてくる。

その目はぎらぎらとして口元は下卑た笑いを浮かべている。

――ああ

とリュクセイルは自分の姿を見て理解した。

少女の姿をしていた。

すぐこの姿になってしまう。

くっ、と乾いた笑いが咽喉を鳴らす。

けれど、とリュクセイルは陶酔を瞳に浮かべる。

甘やかな抱擁。

繰り返される睦言。

ゼドはリュクセイルを恋人として扱った。

あの恍惚とした時間。

墜落にも似た酩酊感を思い出して、目を閉じた。

――ゼド、お前の抱擁をいまでも懐かしむといえばお前は笑うだろうか

先頭に立ってこちらに近づいてきた男の腕が乱暴にリュクセイルの肩を抱いた。

リュクセイルは口元に僅かに笑みを浮かべた。

たかだか人の分際で。

楔でない人などリュクセイルにとってただの餌にすぎない。

ゼドが傍にいる時には、すべてのものに優しくなれた記憶がある。

だが、ゼド、お前は傍にいないじゃないか。

私はあまり幸せじゃないんだ。

無造作に手を突き出してリュクセイルは独りごちる。

まるでナイフで切られるごとくに切り刻まれる男達の悲鳴。

こぼれおちる命。

だがそれをリュクセイルは拾うことさえ億劫だと感じていた。


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