13.命の長さと思いの深さと喪失の重さ(リュクセイル視点)
風が窓をがたがた揺らす。
外は嵐だ。
心の痛みが嵐を呼ぶのだ。
「酷い話だ。お前は80年は一緒にいてくれるといったじゃないか。
まだ20年しかたってない。」
ぽつり、と言葉を漏らす。
「リュクセイル。寿命ってやつは仕方ねえ。
俺が死んでも、後を追うんじゃねえぞ。
次の楔をがんばって探せよ。
今度はほらお前の好きなかわいい女の子かもしれないぜ。」
苦しそうな息をしながら、それでもおどけたように囁く。
リュクセイルはそれに対して苦笑した。
「また私は、1人で何十年も虚無の中だ。」
ゼドの柔らかい髪に指を伸ばす。
今まで数え切れないほど接吻した栗毛を幾度もなでる。
ちょっとくせ毛でおさまりがわるいゼドの髪。
それを愛しいと思う。なんて愛しい。
「魔物の瞳は万能の薬なんだ。知っているだろう。ゼド。」
少し甘えるように、ゼドにもたれかかる。
――何かねだるときはいつもそんな風だな。
苦しい息の中でゼドは少し笑う。
「食べろよ。ゼド。ほら今の姿のまま目をとるのがいやなら、剣の姿になるからさ。
剣の柄の石を取って食べれば同じことだ。」
「嫌だ。」
即答される。
『お前を殺してまで生きたいとは思えない。』
繰りかえされた問答だ。
楔の言葉。
どうしても逆らえない。
「食べてくれよ。ゼド。」
絶望を瞳の中にちらつかせながら慟哭する。
その力の源となる瞳をとられた魔物は霧散する。
そんなことちっともかまいはしない。
――ゼド、お前を失う恐怖に比べたら。
自分が消えることなんて、たいしたことじゃない。
明るい鳶色の瞳でゼドはリュクセイルを見つめる。
その瞳の強さに今もリュクセイルは囚われたままだ。
目の前でゼドの全てが失われようとしていた。
柔らかな光を与えてくれたその存在がはかなく揺らめくのを
リュクセイルは激しい焦燥とともに見つめる。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
――いくな。
願いは届かない。
強大な力は無意味だ。
ゼドの命が消えた。
リュクセイルはしばらくゼドの亡骸を抱いていた。
――闇だ。もう、何も見えない。
リュクセイルは黒い霧に姿を変えた。
そのまま黒い霧は窓の外の嵐の闇にまぎれて消えた。
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