12. 心の在り処と迷子と魔物(ザッハ視点)


――力になろう

そういったときから、

リンコが住んでいたという国がどこであるか、

ザッハは自分なりに推測していた。

リンコの象牙色の肌。

ガヴァサイルではあまり見かけない肌の色だ。

同じような肌をした男に会ったことがある。

イヴァース諸島出身の男だった。

男の目はリンコのような深い黒ではなく焦げ茶色だったが。

イヴァース諸島はかなりの辺境だから、

三大国の1つであるガヴァサイルや、大陸の常識となっている魔物と楔の話を

知らないということもありえるのかもしれない、と思った。

「私の住んでいた国はニホンといいます。

こことは全然別の世界があって、その世界にある国なんです。

私のように違う世界からこの世界に人がやってくるってことは、普通なんですか。」

――そんなことが普通のわけがあるまい。

まっすぐにザッハを見る少年の瞳は、嘘をついているようにはみえなかった。

嘘をついたところでリンコには何の益もない。

少年が魔物の楔であること自体がすでに奇跡なのだ。

そこに奇跡が後1つ2つ付け加わってもおかしい話ではなかった。

2杯目のヴァンの果汁をおいしそうに飲むリンコを見て、ザッハは小さく目を細めた。

池の畔で、座り込んでわからないと泣いた少年。

超然と盗賊に対峙して、ザッハの命を救った少年の稚さが不憫だった。

思わず少年の肩を抱いた時、向けられた視線に含まれた警戒心。

今、こっちを向いて微笑む少年はザッハにうちとけつつあるようにみえた。

信頼されてる、のだろうか。とザッハは少しおもはゆく思う。

しかし、なぜ。

ザッハの視線の先にはリンコの前の白い皿の上に積まれた鳥の骨があった。

――餌付け

そんな言葉がザッハの脳裏をよぎって、消えた。

ザッハは軽くテーブルの上で両手を組むと、言いにくい言葉を口に出した。

「いや、それは普通じゃない。すまないが、

別の世界から人が来たという話は聞いたことがないな。

君はニホンという国に住んでいたんだね。」

リンコの言葉はそのまま受け入れた。

だが別の世界からリンコがつれてこられたということは

帰り道などわからないということだ。

このガヴァサイルから道や海でつながっていないというのならば。

帰れない。

そのことに対してリンコがうける衝撃を思ってザッハは眉を寄せた。

振り返ってみれば、リンコは見るもの全てに対して物慣れない様子をしていたことにザッハは気づく。

それにしても、リンコのいたという世界はどのようなところなのか。

子供に不似合いな完成された動き、そして剣技。

テントの中で相手の首を絞めて意識を落とした姿を思い出す。

「それは、帰れないってことですね。」

ザッハが危惧した通り、酷く落胆したリンコにザッハは狼狽する。

なぜかリンコが辛そうな顔をするのは見たくなかった。

――度し難いな。

リンコが自分を信頼している以上に自分がひどくこの少年に心を許していることをザッハは自覚していた。

命の恩人であるのは確かだけれど、

この少年のことを庇護しなければ、という気持ちはとても強かった。

普段あまり人と関わらないようにしているザッハにしたら珍事といっても差し支えない。

――既に楔の瞳に拘束されているのかもしれない。

あの虚無感からふいに掬い上げられた瞬間に見た少年の瞳の色。

暖かい風が吹いたような感触。

少年を庇護するために、傍にいるという名目で

本当は自分がこの少年から離れがたく思っているのだろうか。

――迷子の子供に頼りがいを感じるなんて

ザッハは自分にあきれた。

少年は楔であり、魔物の祝福以上の庇護は存在しない。

ザッハがその上でリンコを守ろうとすることに意味があるのかどうか。

だが、魔物は人外の存在だった。

魔物の姿は人なれど、その心は似て非なるものだ。

強い庇護が平凡な人間の人生を破壊することも多い。

権力や富を欲するものが求めてやまない魔物の祝福は、平凡な人生を求めるものには価値がない。

それどころか往々にして人生を狂わす毒となる。

常識の通用しない魔物とその庇護を受けたこの世界の常識をしらない迷子。

――やっぱり、私も傍にいたほうがいいだろうね。

厄介なことになるかもしれないけれど。

「いや、魔物によって、ここにきたはずだから、

 魔物の力で帰れる可能性はあると思うよ。」

ザッハの言葉に、リンコが腰の剣に手をやった。

剣は何事もなく布に収まっている。

「この剣。ニホンに帰りたいと祈った時は、まったく無反応だった。」

リンコは困ったように眉を寄せている。

ザッハもその剣に視線をやって、頭の中の記憶をたどる。

「そうだね。魔物は楔といる時は人の姿をしている場合が多いんだけれど。

一度も人の姿になったことはないのかい。」

ザッハは禍々しく煌く赤い石を見た。

「ない。初めて見たときは黒い猫だった。

その次見たときは剣だったし。」

少し遠い目をして、リンコはその時のことを思い出しているようだった。

「魔物は人外の存在だから、リンコが人の姿になった魔物と会うのは少し心配だけどね。」

魔物の祝福は一方的なものだ。

人が得ようと思って得られるものではない。

そして、逃れようとおもって逃れられるものでもなかった。

「大丈夫。何か方法がないか。探してみよう。

 魔物が人の姿になることもあるかもしれないしね。」

あてがあるわけではなかったが、リンコを安心させたくて、軽い調子で話を止めた。

リンコが疲れたように剣を抱いて俯く。

「なんか、すごく眠い。」

心の底からの同情をこめてザッハはリンコの頭をなでた。

「君の人生において、今日が非常に大変な1日であったこと。同情するにあまりあるよ。

疲れたろう。部屋に帰って、とりあえず寝たほうがいい。

そう。辛いときは、ご飯を食べて眠ることだね。」

最後の言葉をからかうように付け加えた。

宿屋の主人であるラングルから宿の2階の続き部屋の鍵を受け取ると、

奥のほうの部屋にリンコを連れてあがる。

家庭的な暖かさがある木でできた戸棚に小さな机と椅子。

宿屋では珍しい広いベッドには

真新しいシーツがかぶせられている。

リンコは半分惰性で動いているように見えた。

よほど疲れていたのだろう。

まっすぐにベッドに近寄るとシーツをめくって中に入り、死んだように眠ってしまった。

せめていい夢をみられたらいいけれど。

戸を静かに閉めた後自分の部屋に戻ったザッハも相当疲れていた。

ここ数日で味わった経験をできることならもう2度と味わいたくはない。

ザッハの意識もベッドに横たわるやいなや深い闇の中にとけた。


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