WEDGE(仮) なぜザッハが人を殺すことなく帰ることができたのか。注意:暗いお話です。 バック します。
番外編. ナイフとどぶ川と淡い紫の花
娼館の汚れた壁にもたれて、
テオはどぶ川の向こう岸を通りすぎていく、ザッハの乗った馬車を見送った。
どぎつい緑に、刺だらけの大きな葉っぱ、
どぶ川のあちこちにはえている草は、グロテスクで、品がない。
でもその草の淡い紫の花だけは不似合いに可憐で、その落差が奇妙に、美しい。
どぶ板の上で生きてきた。
裏切って、殺して、誰かをどぶに蹴り落とさなければ、自分が落ちて死ぬ。
誰かをどぶに落とすたび、汚い泥が、はねかえって、足元にまとわりつく。
いつかその泥に足をとられて、俺もどぶに落ちるだろう 。
初めてザッハを見た瞬間に、違う世界の生き物だと思った。
「あいつらをどうした。」
同じようにつれてこられた子供達が殺されたことは、わかっていただろうに、
それを問えば自分も殺されるかもしれないのに、
テオを睨み付けた少年を、汚したくないな、となぜだか思った。
なぜかはわからない。
たぶん気まぐれだったんだろう。
「あいつ、俺んにするわ。手ぇだすなよ。出したら殺すぜ。」
ナイフを指先でもてあそびながらテオが宣言すると、周りが怪訝そうにテオを見た。
「へぇ、お前、そっちの趣味だったのかよ。確かにきれいな顔した餓鬼だな。」
「そんなに具合がいいのか。飽きたら俺にもやらせろよ。」
テオが商品に興味を示したのは凡そこれが初めてで、
テオはそれが一蹴されない程度には組織で重用されていた。
やばそうな仕事は自分にまわすように根回しをした。
体を売らせないために金も積んだ。
テオが庇っていることをザッハは最後まで知らなかっただろう。
あまり、話はしなかった。
かわりに、テオはザッハに自分の知る限りのナイフや剣の使い方を教えた。
自分の持ってるものの中では一番それが価値があるものだった。
ザッハは面白いように武器の使い方を覚えた。
そつなく、器用な少年だった。
なんどか、この世界でも生きていけるんじゃねえかな、と思った。
ずっと傍に置いておけねえかな、と思って、そのたび、それは無理だと打ち消した。
ザッハの水色の瞳は荒んでいても、
心の中に 光ってる硬い宝石みたいなものがあって、
テオはそれに惹かれていたし、それを汚したくなかった。
きっとそんなに長くは一緒にいられない。
ザッハの傍にいられる時間は限られている。
それをひどく惜しんでいた。
だから、元の世界から迎えがきた時、テオだけは迎えが来たんだとすぐに気づいた。
帰したらきっと、二度とは会えない。
風がどぶ川のすえたにおいをはこぶ、よどんだ黒い水の流れに淡紫の花が揺れた。
テオの視線の先で、馬車が小さく見えなくなっていく。
とうになくしたと思っていた心が軋んだ。
だけど、と、テオ壁にもたれたまま、いつものようにナイフを指先でクルクルと回した。
俺はお前を帰すよ。
そして、いつか、俺がどぶ川に沈む時、あの淡い紫の花みたいに、お前のことを思い出すよ。
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